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田中 宏 さん
日本における外国人参政権――その歴史と現在

<プロフィール>
田中 宏さん
一橋大学名誉教授
 専門は日本アジア関係史、ポスト植民地問題 在日外国人問題

1 外国人参政権をめぐる歴史

在日コリアンと参政権の歴史は、戦前にさかのぼる。一九二五年日本が、普通選挙に移行すると、日本内地に在住する者は、国政レベルおよび地方レベルともに参政権(選挙権および被選挙権)を有し、またハングル投票も可能だった。

一九四五年八月、日本のポツダム宣言受諾によって、日本の朝鮮植民地統治は幕を閉じた。同年一二月、婦人参政権付与で有名な衆議院議員選挙法の改正時、在日コリアンの選挙権および被選挙権は「停止」された。そして五二年四月、対日平和条約が発効し、日本が主権を回復する際、日本政府は、在日コリアンは「日本国籍」を喪失し「外国人」になったと宣告した。以降は、「国籍条項」によってさまざまな制度的差別が〝正当化〟されていった。

戦後、在日コリアンが参政権を要求した最も古いものは、在日本朝鮮人連盟(朝連)が四六年一月、次のように主張したことである。「日本政府が本当の民主国家であれば、当然日本内に居住する人民に選挙権・被選挙権を付与しなければならない。百数十万の人口をもつわれわれに、当然に与えなければならない」と(『民衆新聞』)。日本政府の「停止」措置にただちに反発したのである。

六五年の日韓国交正常化後の民族差別撤廃運動のなかで、初めて参政権問題に言及したのは、故崔昌華牧師だった。七五年九月、北九州市長あての公開質問書のなかで「市会議員の選挙権・被選挙権は認められてしかるべきだと考えますか」と指摘したのである。

七九年一〇月、作家の故金達寿氏は、「在日外国人に投票権を」のなかで、「開かれた近代国家としての日本人が、外国人に対して行っているさまざまな差別を撤廃するために、このへんで一つ真剣に考えてみる必要はなかろうか」と述べている(『朝日新聞』)。

八三年六月、参議院選挙を前に政治学者の白鳥令氏は、「投票できぬ人への配慮を」のなかで、一八・一九歳、在外邦人と並んで「永住外国人」を挙げたのが、日本側専門家の初の反応だった(『朝日新聞』)。

民族差別と闘う連絡協議会(民闘連)が、八八年一〇月に発表した「在日旧植民地出身者に関する戦後補償・人権保障法(草案)」では、「特別永住者は、地方自治体の参政権を有する」とあり、市民運動において一定の共通認識となった。

在日コリアンが裁判のかたちで地方参政権を問うたのは、九〇年一一月、金正圭氏ら一一名が大阪地裁に選挙人名簿不登録処分取消等を求めたのが最初である。この提訴について、最高裁は九五年二月、請求は棄却したが、「法律をもって地方参政権を付与することは、憲法上禁止されているものではない。……右のような措置を講ずるか否かは、専ら立法政策にかかわる事柄」と判示した。地方参政権に関する憲法上の問題はクリアーされたのである。

地方参政権の当事者ともいえる地方議会が、中央政府あてに要望する「意見書」を初めて採択したのは、九三年九月、大阪府岸和田市議会だった。現在、一五二二の地方議会が同様の採択を行っている(二〇〇四年末現在)。

日本の政党で初めて外国人の地方参政権問題について具体的な政策を掲げたのは「新党さきがけ」で、九四年一一月のことである。その法案要綱によると、「五年以上在住の外国人に対し、地方参政権(選挙権・被選挙権)を認める」というものだが、国会提出には至らなかった。

国会に法案として初めて提案されたのは、前述の最高裁判決後の九八年一〇月、民主党および公明・平和改革による「永住外国人地方選挙権付与法案」だった。同案は「永住外国人」のみで、しかも被選挙権を除く「選挙権」のみという、きわめて限定的なものであった。なお、同年一二月、日本共産党が提出した法案では、被選挙権も含まれていた。

野党として提案を行った公明党だったが、一年後の九九年一〇月、自民・自由・公明の三党連立内閣が発足し、その政策協定のなかに公明党の要望で外国人への地方参政権付与が盛り込まれた。

六五年の日韓法的地位協定には、韓国からの要望があれば「(日本政府は)協定の効力発生の日から二五年を経過するまでは、(在日の法的地位について)協議を行うことに同意する」とあった(同協定第二条)。いわゆる「九一年協議」である。そして、九一年一月の日韓外相の「覚書」には、指紋制度の廃止、公立学校教員や地方公務員の採用に一定の改善をはかるなどのほかに、「地方自治体選挙権については、大韓民国政府より要望が表明された」とある。

九八年一〇月、金大中大統領は、日本政府に外国人の地方参政権を要望するとともに、韓国でも定住外国人に地方参政権を付与する方針を表明した。韓国では二〇〇一年に法案が国会に提案されたが成立を見ることなく、〇二年六月の統一地方選挙に至ってしまった。

しかし、盧武鉉大統領になって、地方自治体の「住民投票法」が制定され(二〇〇四年一月公布)、そこでは定住外国人に住民投票の請求権および投票権がともに認められた。そして、二〇〇五年六月には永住外国人の地方選挙権を認める法改正がなされた。

2 外国人地方参政権の現在

日本では、国法レベルに住民投票法はないが、自治体が独自に「住民投票条例」を制定し実施する例が多く見られるようになった。しかし、同じ「住民」にもかかわらず外国籍住民が一貫して排除される例が続いた。

そうしたなか、岐阜県御嵩町が一九九七年六月に実施した、産業廃棄物処理場設置をめぐる住民投票において、投票権を認められなかった在日コリアン九人が「国籍による差別で精神的苦痛を受けた」として、町を相手に損害賠償請求訴訟を提起した。岐阜地裁、名古屋高裁、最高裁といずれも請求は棄却されたが、大きな問題提起となった。

御嵩訴訟の進行中にあたる二〇〇二年一月、滋賀県米原町は、市町村合併についての意思を問う住民投票条例において、全国で初めて永住外国人に投票資格を認め、同年三月、在日コリアンも一票を投じた。この一石は大きな波紋を呼ぶこととなり、〈表1〉に見るように、永住外国人などに投票資格を認める住民投票条例はすでに一九四となっている(二〇〇五年六月現在)。

さまざまな「規制改革」の一つに「特区」方式があるが、その一つとして、永住外国人に地方参政権を開放することが提案されている。埼玉県草加市が〇二年八月、初めて特区を申請し、その後も〇四年六月に広島県三次市、九月に京都府京丹後市が相次いで申請したが、いずれも政府の認可を得るに至っていない。草加市の申請理由には「地方議会で全員一致を得た当市でモデル的に実施し、……国が抱える重い課題、しかしいずれは決着をつけなければならない課題についてこそ、特区制度を活用する意義がある」とある。

国会では、与党の政策協定のなかに外国人の地方参政権付与が入ったが、自民党の意見がまとまらないまま、公明・自由両党のみで〇〇年一月に法案が提出されたものの、成立の見通しはつかず現在に至っている。

公明党が与党の一角を占め、法案成立の可能性が出たことから、「外国人の地方参政権は亡国の第一歩」などとする言説があらわれ、ひとしきり吹き荒れた。さらに、「参政権が欲しければ帰化すべし」との立場から、与党のプロジェクト・チームは、〇〇年五月、法務大臣への届け出により日本国籍取得を認める「特別永住者の国籍取得特例法案」を発表した。しかし、そのねらいは参政権法案つぶしにあるらしく、参政権法案の審議が進まない現状では、国会に提出される気配はない。この国籍特例法案の動きは、参政権運動が高揚した証左ともいえよう。

3 論議されるべきこと

日本における外国人地方参政権の問題について、論点を三つばかり指摘しておきたい。

第一は、参政権は「国民固有の権利」であって外国人にはおよそ無縁のものと考えがちだが、果たしてそうだろうか。日本でも、二〇〇〇年の総選挙以降ようやく在外投票ができるようになったが、それは衆・参両院議員選挙に限られている(しかも当面は各比例区のみ)。在外日本人は「日本国民」ではあっても「日本住民」ではないからである。すなわち、国政レベルの参政権は「国民」と結びつき、地方レベルのそれは「住民」と結びついている点をはっきり認識すべきなのである。前述の最高裁判決のもつ認識も、そのことを意味していよう。

第二は、対象となる外国人はどうあるべきかである。日本の国会に提出された法案はすべて「永住外国人」に限定されている。永住者数は二〇〇四年末現在、約七八万人であるが、ほかに非永住者が約一一九万人登録されている。そのうち就労が自由化されている外国人だけでも約五二万人に達する。前述の「新党さきがけ」の法案要綱では「五年以上の居住者」となっていたように、より広い範囲に拡大する必要があろう。

なお、在日コリアンを中心とする特別永住者に国籍取得特例法を制定して外国人の参政権問題を解消しようとする動きがあるが、〈表2〉に示すように、その対象者は約四七万人であり、約三一万人に達する一般永住者は除外されてしまう。しかも、特別永住者は毎年約一万人ずつ減少しているが、一般永住者は逆に毎年約四万人ずつ増加しているのである。

第三は、選挙権と被選挙権をめぐる問題である。新党さきがけの要綱と日本共産党の法案では被選挙権も含まれていたが、選挙権・被選挙権をめぐる問題については、まったく議論されていない。被選挙権については、首長と議会議員の二種類あることも含めて議論する必要があろう。 日本と韓国におけるこうした経緯を踏まえて、私たちは、二〇〇四年九月、「定住外国人の地方参政権を実現させる日・韓・在日ネットワーク」を発足させた。二〇〇五年八月は、戦後六〇周年(韓国にとっては光復六〇周年)であるが、それまでに定住外国人の地方参政権「開放」を日韓双方で実現しようと決意したのである。 定住外国人の地方参政権の相互付与は、すでにEUにおいて実現している。玄海灘をはさんだ日韓両国においてそれを実現し、多民族・多文化共生社会をめざすことが未来志向の一つであることも確認できよう。

◆田中宏・金敬得編『日・韓「共生社会」の展望』(2006年2月、新幹社)より

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