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論文・主張- Opinions -

岡崎  勝彦 さん
定住外国人の政党活動の自由 ―外国人の政治活動の自由に即して

<プロフィール>
岡崎 勝彦さん
愛知学院大法科大学院教授、主な編著書に『現代行政法入門』(法律文化社)
『外国人の公務員就任権』(地方自治総合研究所)など。

一、はじめに―問題の所在

(一) 定住外国人に「門戸」開放

一九九四年一月、新党さきがけ島根県支部は、同党本部の了承のもとで、定住外国人の入党を受け入れるという新方針を提起した。同支部の入党規約によると、適法に県内で五年以上在住、もしくは配偶者が日本国籍をもつ場合にあっては、県内に二年以上在住している人で、それぞれ党員二人以上の推薦が必要というものである。このことは、その後各界に大きく波紋を投げかけ、同党武村正義代表のお膝元の滋賀県支部、さらには、新生党(当時)もまた愛知県連合会、静岡県連合会へとその広がりをみせており、一般論もまた、これら各新党の動向に好意的反応を示しているようである。

しかし、こんにちまで自民党をはじめとする主要各政党は、その入党資格について、「日本国籍を有する者」「日本の選挙権を有する者」「国民」などと規定し、外国人の入党を認めていない。それというのも、一般に「政治の目的」が政権をとることにあるとすれば、従来、国民にのみ認めるとする参政権行使と直接にかかわるからである。

(二) 政党の目的

政党の目的は、「全体的な政治権力の獲得・行使・維持」というところにあり、これが他の政治集団とされる利益団体や市民運動等とは、その究極的な集団目的において決定的に相違しているものなのである[1]

ところで、この「政治権力の獲得」とは、最終的には、政府を形成し、立法過程の主導権を握ることにあるという。具体的には、組閣、行政省庁のコントロール、ポスト配分、予算案を含む各種法律案の準備・提出、補助金の配分等、行政権の守備範囲にあるさまざまな業務の遂行、および立法過程の実質を支配することにあるとされる。現行の議院内閣制のもとで、現実にこれらの機会を行使できるのは、原則として、単独もしくは他党との連合を通じて、議会の過半数議席を獲得し、政権担当の意思をもつ大政党もしくは小政党に限られることになろう。もとより、この小政党は、少数であるが故に、単独政権の可能性を捨てざるをえないものの、部分的な政権参加や部分的な政策実現を目指すことになる。

他方、ミニ政党などの極小政党にあっては、政権構想を掲げえないほどの少数候補による少数当選者となる場合もあろう。なおもこうした政党が選挙に参加する意義は、少数意見や利益を表明し、あるいは登録することなどにある。ちなみに、このたびの小選挙区制度の導入は、これら小政党の存在すら否定しかねないものである。

(三) 外国人の参政権

以上のとおり、本来、政党の目的が「政権」にかかわることにあるとすれば、当該政党の構成員である当該外国人党員もまた、平等に政権構想の形成と具体化のための積極的な制度的保障となる被選挙権をも容認する「参政権」が保障されてしかるべきものとなろう。

しかしながら、日本の公選法をはじめとする選挙法制が外国人に選挙権の行使を認めていないところから、判例はもちろんのこと、学説の支配的傾向もまた、外国人一般に対して地方参政権を容認するところではない。他方、ヨーロッパ統合の進む西ヨーロッパ諸国では、地方参政権に限ってではあるが、外国人への門戸を開放しつつあり、日本にあっても容認を是とする学説が有力となりつつある[2]。しかも世論の動向もまた、地方議会で要望決議が相次いでいる近畿地方では、九四年二月末に行なった全国世論調査において、五七パーセントの人が「認める」と答え、その関心の高さが示されたところである[3]

このような内外の状況にあって、新党さきがけ島根県支部の今回の決定に対し、『毎日新聞』の「参政権へ第一歩」という記事をはじめとして、全国各新聞が大きくとりあげたのも理由のあるところであった。

一方、在日韓国民団島根県地方本部の朴煕澤団長は、一方の当事者側の立場から「政治的発言の場が与えられた」と歓迎するものの、「入党しても、いったいどんな活動ができるのか、という戸惑いが団員にある」とも指摘している。なるほど定住外国人の政治活動の自由は、禁止されていた戦前はいうに及ばず、緩和された戦後もまた、「退去強制」という「脅迫」を背景に長く制限されてきたところである。今回の門戸開放は、外国人の政治参加の拡大という面で画期となり、参政権の容認に向けての第一歩となることが期待されている。

そこで本稿の目的は、「外国人の政党活動」を主題として、いうところの「外国人の政治活動の自由」の現状と課題について法学的検討を加えることにある。

二、外国人の政治活動の自由の「保障」

(一) 外国人の政治的権利保障

ここでいう政治的権利とは、①言語・表現・集会・結社を要素とする「政治的表現の自由」と、②政党結成・加盟を要素とする「政党活動」の自由、③選挙権・被選挙権、請願権、国民投票権、公務就任権を要素とする「参政権」を含む観念である。

旧憲法下にあっては、国民であってもこれらの各権利は法律の認める範囲に限られていたのであり、外国人もまた日本人と同等に取り扱うことを建前としながらも、社会の公安を維持し、国家公益を保護する見地からきびしく特別の条項を設け規制していた。たとえば、外国人は当然に参政権をもたず、したがって政治活動もまた制限されていた。明治以来の法律で一九四五年一一月二一日をもって廃止された治安警察法は、その第六条において次のような特別規定をおいていた。「日本臣民ニ非サル者ハ政事上ノ結社ニ加入シ又ハ公衆ヲ会同スル政談集会ノ発起人タルコトヲ得ス」。まさに当時にあっては、外国人の在留自体が「必要悪」とされていたのである。

一方、日本における外国人の在留は、戦争責任にかかわる在日韓国・朝鮮人(以下、韓朝鮮人)の定住化を含め、いまや国際化社会に向けた地球市民時代における共生のための「必然的」な存在とされねばならないのである。そこで、「外国人の政治的権利保障」について具体的に検討するに先立ち、こんにちの外国人の人権保障にとってその前提とすべき課題を確認しておかねばならない。

まず第一に、外国人一般を抽象的にみるのではなく、その在留原因・目的・形態による定着の実態に即して具体的に把握すべきであろう。少なくとも、①定住外国人、②難民、③一般外国人の三種に区別することにより、保障される権利・自由の範囲、程度および限界を具体的に検討することが求められている。

第二に、外国人に対して憲法の人権保障条項が適用されるか否かを問うまでもなく、権利の性質により日本人のみに保障されていると解されるものを除き、原則として外国人に対しても保障される。このことを前提に、個別の権利の性質に即して、当該人権がどの範囲と内容において保障されるのか、あるいは、保障されない究極の限界を、外国人類型に対応して具体的に明らかにすることである(「性質説」)。

(二) 外国人の「政治的表現の自由」と退去強制

現行法制上、外国人の「政治的表現の自由」を一般的に規制する規定はないものの、特定の行動を規制する個別の規定がある。第一に、政治資金規正法第二二条の五が、外国人・外国法人からの寄附の受け取りの禁止を定めている。そして「受けた者」は三年以下の禁錮または二〇万円以下の罰金に処せられることになっている。第二に、外国人の出入国、在留・管理を目的の一つとする入管法には、一九五一年の制定時(当時「入管令」)以降こんにちまで「上陸拒否」事由を定める第五条一項一一号から一三号、それとまったく同一の文言で「退去強制」事由となっている第二四条四号オからカまでの治安攪乱者等の政治的活動を規制する条項がある。

具体的には、①憲法または政府を暴力で破壊することを企て、主張し、その政党・団体を結成し、加入した者、②公務員、公共施設、工事事業者に暴力活動を行なう政党・団体を結成し、加入した者、それと密接な関係を有する者、③以上の政党・団体の目的を達するため、印刷物、映画その他の文書図画を作成し、頒布し、または展示した者、と規定している。以上の個別的退去強制事由のほかに、なおも、二四条四号ヨにおいて、「法務大臣が日本国の利益又は公安を害する行為」を「行ったと認定する者」という「認定」条項を設けている。この「国の利益又は公安を害する行為」という文言は、オ、ワ、カにいう政治活動の規制項目にとっても、いわんや他の退去強制対象となる同四号イ、ロおよびヘからルにとっても、あまりにも抽象的かつ包括的にすぎ、法務大臣による恣意的な裁量権行使を招きかねない「不確定概念」によって構成されているといえよう。

また、同法は前述の「上陸拒否」事由の五条一項一四号においても、「法務大臣において日本国の利益又は公安を害する行為」を「行うおそれがあると認めるに足りる相当の理由がある者」という「おそれ」条項を設けることにより、裁量権限の行使をさらに拡大するものとなっているのである。

一九六五年、日韓条約の締結にともなう「日韓法的地位協定」によって、相対的に身分が安定するとされた「協定永住者」に対してのみ科せられる退去強制事由においても、政治的表現の自由を規制する条項がみられる。すなわち、同協定第三条(b)号は、日本で国交に関する罪により禁錮以上の刑に処せられた者および外国元首、外交使節またはその公館に対する犯罪行為によって禁錮に処せられ、日本国の外交上の重大な利益を害した者、と規定している。結局のところ、この条項は、当時の韓国に対する批判、またはデモやビラ貼り等のいっさいの反対言動を退去強制の脅迫でもって抑制しようとするものであった[4]。なお、同入管令の制定時の事情からして、同令は極東アジアにおける東西冷戦の「落とし子」としての在日韓朝鮮人の管理を目的とする治安立法としての側面をもたされていたのである。

一九六九年、政府は、かねてより準備してきた在留外国人(主として韓朝鮮人)に対する広範な言論統制を盛り込む入管令の全面「改正」を、「時代遅れ」を口実にして提案した。同法案は、六九年以降、七一、七二、七三年の四回にわたって執拗にくりかえされたものの、いずれも廃案となったものである。その事情は、政府関係者も認めるように、「これらの法律案が外国人の管理、規制の強化を図るものと目され、特に外国人の政治活動規制条項が含まれていたこともあって、いわゆる与野党対決法案の一つに数えられ、国会運営のはざまの中で実質審議がほとんど行われないままに廃案とされた」というものである[5]

同法案に盛り込まれていた、いうところの「政治活動規制条項」は、次のようなものであった。

すなわち、「日本国の機関において決定した政策の実施に反対する公開の集会若しくは集団示威運動を主催し、若しくは指導し、又は公衆に対し、日本国の機関において決定した政策の実施に反対することをせん動する演説若しくは文書図画の頒布若しくは展示をした者」(ただし、永住権を除く。したがって、「協定永住者」も除かれることになる)に対し、地方管理官署の長は、書面をもってそのような行為を継続しないよう、または同種の行為を反復しないように命じることができるものと規定していた。

これらの行為は、まさに、「政治的表現の自由」の具体的内容となるものであり、これらの活動こそ政党および政党人のよくなしうる行為であるといえよう。しかも、このような行為に対する長の命令に従わない場合、六カ月以下の懲役もしくは禁錮または五万円以下の罰金を科し、退去を強制することができるというものであった。このような規制の理由として法務当局は、「多くの国では外国人の政治活動を規制していますが、これは国政に参加する資格をもたず、国政に責任のない立場にある外国人には、やむを得ないことであるし、内政干渉にわたる行動は当然在留国において慎むべきことである」と説明していた[6]。こうして、この規制条項自体は、同法案の廃案とともに、当然に存在していない。

したがって、こんにち、在留外国人の政治活動が、前述の入管法第二四条四号オからヨまでのいずれにも抵触しないかぎり、当然にその在留期間中は当該政治活動を行なったことを理由に、ただちに国外退去させることはできない。このこと自体から、在留外国人は、政治的活動の個別的な規制法令である政治資金規正法にいう寄附禁止規定に違反せず、入管法第二四条に該当しない程度の政治的活動であれば(「協定永住者」は除く)、日本国内で自由な政治活動を認めるということを意味するのであろうか。なんとなれば、政治活動の自由を保障するとは、政治活動を行なうことによっていっさいの不利益を受けないということでなければならないからである。ただし、これらの各条項は、在留外国人の政治活動の自由の範囲と内容、あるいはその限界、すなわち、法務大臣の裁量権の限界を知るうえでなおも重要なポイントとなるものといえよう。

ここで問題とすべきは、在留中の外国人がわが国にとって「好ましくない」政治活動や行為等(以下「政治活動等」)を行なった場合、その政治活動等が前述の入管法所定の項目に抵触しないかぎり、当該在留期間はその者を国外に退去させることができないというにとどまる。「好ましくない」政治活動等があったことを在留期間の満了に伴う在留期間更新申請等に当たり、はたして、過去の在留状態の評価の一つに加えてその可否を決定することが、「主権国家」を理由に当然にできることなのであろうか、という問題である。換言すれば、「在留期間の更新や在留資格変更をはじめ、再入国をも含めた出入国管理行政における処分」(「許否処分」とする、以下同じ)について、国には広範な裁量権が与えられており、他方、外国人には在留のための権利が保障されておらず、過去の「好ましくない」政治活動等を当該「許否処分」の段階において評価しなおすとすれば、在留外国人の政治活動の自由は無きに等しいものとなるのではないか、という問題である。

一九七〇年に至り、外国人の政治活動の自由をめぐって、在留外国人一般の政治活動の限界を在留の許否にからめて司法判断を最高裁にまで求める事例が提起され、その後の出入国管理行政について行政実務ばかりか、学説、判例に対しても画期となる判決が下されることになった(マクリーン事件、最高裁一九七八年一〇月四日大法廷判決)。

(三) マクリーン事件最高裁判決

米国人マクリーンは、一九六九年五月来日し、語学教師として一年間の在留期間を認められていたが、その間外人べ平連に所属し、ベトナム反戦、入管法案反対、日米安保条約反対等のデモや集会に参加した。その後、過去の政治活動を理由に在留更新を拒否されというケースである。

最高裁はこのケースにおいて、外国人の人権保障につき、基本的人権の保障は、権利の性質上日本国民のみをその対象としていると解されるものを除き、日本に在留する外国人に対しても等しく及ぶものと解すべきものという原則を確認した。主題にかかわる「政治活動の自由」の限界、換言すれば、法務大臣の「許否処分」の「裁量権の範囲」についても、この判決は、前述の「上陸拒否事由又は退去強制事由に準ずる事由に該当しない限り更新申請を不許可にすることは許されないと解すべきものではない」としたうえで、その後のキー・ワードともなるべき「基準」を示した。すなわち、「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動等外国人の地位にかんがみ、これを認めることが相当でないと解されるものを除き、その保障が及ぶ」というのである。

これは一読して、留保条件が広すぎ、しかもあいまいであることがわかるものである。この判決は、表現の自由を原則的には在留外国人にも認めつつ、政治的影響力をもつ表現は許さないとするものであって、これでは在留外国人の政治活動の多くが保障の外におかれることになるものである。いわんや、本稿で主題とする外国人の政党活動の目的こそ、まさに「国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動」(以下、「最高裁の制約基準」という)それ自体であることは前述のとおりである。

しかも、この判決は、外国人の在留期間更新の許否が法務大臣の広範な裁量に属するものとしたうえで、在留期間の更新に当たっては、憲法の保障の範囲内の政治活動であっても、法務大臣が日本国にとって好ましくないと評価しさえすれば、更新を不許可処分にすることができるものとする。結局、外国人は在留期間更新を希望するかぎり、更新拒絶による国外退去を覚悟しなければ政治活動ができないということになるのである。

このような外国人の政治活動を制限する「最高裁の制約基準」は、期限付き在留外国人の在留更新処分のみのものではない。それは「協定永住者」も含め、再入国許可などの出入国管理行政における法務大臣による裁量処分の当・不当判断の「基準」となるものである。最高裁によれば、「在留中の外国人の行為が合憲合法な場合でも、法務大臣がその行為を当・不当の面から日本国にとって好ましいものとはいえないと評価し、また、右行為から将来当該外国人が日本国の利益を害する行為を行うおそれがある者であると推認することは、右行為が上記のような意味において憲法の保障を受けるものであるからといってなんら妨げられるものではない」という。

これは、要するに、外国人の過去の政治活動の事実を「許否処分」の判断に当たっても不利益に評価して不許可とすることを是認するものであって、この判決は、結局のところ、外国人の政治活動の自由をほとんど否定したに等しいものであった。

このような発想が学説をはじめ各界において受け容れられてきたのは、通説・判例が「限定保障説」をとっていることによる。すなわち、政治活動もまた表現の自由一環であるとはいえ、政治活動とは多かれ少なかれ参政権としての機能を果たす自由であるところから、まずもって、外国人の参政権(選挙権・被選挙権)は認められないので、その趣旨と矛盾すると考えられる「参政権的機能」を果たすような政治活動の自由は、外国人には保障されないものと解しているのである。ここで保障されない行為とは、たとえば、右にみた「最高裁の制約基準」をはじめ、「日本の政治に直接介入するための政治結社を組織」する活動、「選挙その他投票に影響を与えようとする」活動、「国民の政治選択に不当な影響力を行使するような活動」等々の諸見解がある。これらはいずれも政党活動の基本的活動内容となるものである。

一方、最近、有力となってきている見解として、「参政権的機能」を果たす表現活動は、狭義の参政権(選挙権・被選挙権)と異なり、国民の主権的意思決定に影響を与えるにすぎないもので、両者の質的相違は軽視できないこと、外国人による多様な見解・視点の提起は、国民主権的意思決定を豊富にするものであること、などの理由のもとに、外国人の政治活動の自由を国民と等しく認める説がある(無限定保障説)。この立場は、なおも狭義の参政権はさておくとしても、政党活動が国民の主権的意思決定に直接影響を及ぼすことにあるという事実にもとづけば、外国人の政党活動を容認するという論理展開になる。ただし、参政権のない政党活動が、国籍をもつ国民に限定されることが「当然」のこととされ、そこでの「国民主権・国民・国籍」という観念的・抽象的結合構造を前提とすることにより、ともに外国人の参政権を否定、もしくは消極に解している点に共通する特徴がある。そのことを前提に、前者は、参政権的機能を果たす政治活動の自由の保障に消極的であり、政党活動に対してもまた否定的となる。後者は、政党活動に対しても、その前提条件に消極的であるところから、「参政権的機能」という制約をもちつつも、肯定的となりえよう。

右のとおり、まさに外国人の政治活動の自由の保障の「壁」となっていたのは、「退去強制」と参政権保障(理論)にあることが明らかとなった。近時、参政権をめぐる状況が内外ともに大きな変化を受けつつあることは周知の事実である。

三、定住外国人の政治活動の自由

(一) 参政権問題の新たな動向

近時、定住外国人の参政権問題、とりわけ在日韓朝鮮人のそれが注目を集めている。五件にものぼる参政権をめぐる訴訟、二〇〇近い地方議会による地方参政権付与をめぐる決議・意見書、九二年の参議院選挙からは定住外国人だけの「在日党」の結成、「立候補」等の直接的行動も起きている。あるいは、このたびの「新党さきがけ」、「新生党」、さらには「公明党」(九四年三月一五日付『朝日新聞』)における前述の地方レヴェルの動きも注目しておくべきである。

これらの動きの背景には、地方参政権要求をもって在日韓朝鮮人による日本の入管行政に象徴される差別と追放政策に抗する長年の人権擁護運動の総括としての〝戦略的人権擁護運動〟がある[7]。いま一つは、「国際化」の条件の一つでもある外国人労働者の急増を契機とする新たな外国人政策の模索がある。

在日韓朝鮮人による差別等の撤廃を求める運動に、精神的な支えと法的根拠を与えたものの一つに、世界人権宣言と国際人権規約を中心とする国際人権法の発展とそれの日本社会への受容があった。まず、一九七九年には、表現の自由等をはじめとして「内外人平等待遇」と民族性の尊重とを義務づける国際人権規約が日本で批准された。次いで、一九八二年には「内国民待遇」条項をもつ難民条約が発効し、これを契機に定住外国人に対する処遇もまた大きく改善された。当条約の直接の効果ではないにせよ、その派生的な効果としての入管令の改正(入管法となる)にともない、不安定な法的地位のまま放置されていた多数の韓朝鮮人に対して、一般「永住」という在留資格が付与されるに至った。ただし、退去強制事由の適用は一般外国人と同様に、「協定永住者」との差異があるなど多くの問題を残している。

その後、一九九一年、日韓法的地位協定(六六年発効)において残されていた「九一年問題」の処理のため、平和条約国籍離脱者等入管特例法が制定された。これは不安定かつ区々であった敗戦前から日本に住む韓朝鮮人、台湾出身者とその子孫の在留資格を「協定永住者」を含め「特別永住者」として一本化し、それなりに法的地位を安定化させるものであった。なお、その本質的性格を変更するものではないものの、退去強制事由については入管法第二四条の規制をはずれ、従来、「協定永住者」にのみ適用されていた前述の「事由」をいくらか厳密に規定したものが設けられている。だがその後、以下にみるとおり、新発見があった[8]

(二) 「在日党」の発見―その一

在留外国人は、この間、入管法による「許否処分」等における裁量事項となる前述の政治活動規制にかかわる「最高裁の制約基準」におびえ、政党活動はもちろんのこと選挙活動もままならないものであった。それというのも、退去強制を頂点とするさまざまな重罰規定により抑制させられてきたからである。退去強制の実施は、生活の崩壊と家族・親族の離散という悲劇を招くことになる。ちなみに、九四年版『地方選挙の手引』(自治省選挙部編)にも、つぎのような問答がある。

「(問)外国人は選挙運動をすることができるか。

(答)公選法上は、規制されない。ただし、場合によっては、出入国管理および難民認定法(入管法=筆者)第二十四条(退去強制)等の適用を受けることがある」(七八頁)。

在日党が、この後段ただし書き部分について法務省・入管局に確認したところ、つぎのような回答を得たという。

① 在日韓国・朝鮮人および台湾出身者などの「特別永住者」は、九一年六月一日施行の改正「入管法」により規制解除となった。

② その他の永住者および在留資格者は依然として規制対象であるが、①との均衡上も、選挙運動を理由とする退去強制等の執行は「事実上不可能」である。

③ 各級選挙に際して、外国人もしくは外国人団体による、特定の候補者および政党の支持もしくは推薦についても差し支えない。

「在日党」によるこれらの発見項目は、外国人の政治活動の自由を考えるうえできわめて重要である。第一に、ことがらの性質上、選挙運動を対象としているものの、同運動こそ、「最高裁の制約基準」がいう「わが国の政治的意思決定又はその実施に影響を及ぼす活動」そのものであり、この「発見」は政治活動の自由を大幅に拡大するものといえる。

第二に、個人はもちろんのこと、外国人が団体をつくって、国政をも含めた各級選挙に際して行なう特定候補および政党への支援活動の容認は、外国人に対して、選挙活動のための団体結成を容認することである。これらの政党活動は、まさに参政権における選挙権行使の前提となるものであり、換言すれば、選挙権の間接的行使ともいえよう。

(三) 「在日党」の発見―その二

「わたしたちは、人種差別・民族差別に反対し、基本的人権の擁護に努め、民主主義を発展させるために、日本に定住する外国人の政治的自由と権利、参政権の実現をめざします。」これは「在日党」の綱領である。九二年、自治大臣は、在日外国人のみによって構成される、この「在日党」をさきの政治資金規正法に適う「政治団体」として届出を受理した(六条)。正式名称を「在日外国人参政権'92」(略称、「在日党」李英和代表)という、まさに「外国人の、外国人による、外国人のための政党(政治団体)」の誕生である。

この政治資金規正法がいうところの「政治団体」とは、①政治上の主義・施策の推進・支持・反対又は公職の「候補者」(候補者となろうとする者及び現に公職にある者を含む、以下、同じ)の推薦・支持・反対を本来の目的とする団体、②政治上の主義・施策の推進・支持・反対又は公職の候補者の推薦・支持・反対することを当該団体の主たる活動として組織的かつ継続的に行う団体(三条一項)、政治上の主義・施策を研究する目的を有する団体で国会議員が主宰し又は主要な構成員であるもの、③政治資金団体(五条一項)、のいずれかを指すものである。ここにいう「公職」とは、衆参両院議員、地方公共団体の議会の議員および長の職をいう。主題とのかかわりでは、選挙法制上、当面、国政における参政権や政治資金との関係で、主として①もしくは②にいう政治活動が対象となろう。

実務書もまた、ここでいう「政治活動」について、「政治上の主義又は政策の推進・支持・反対又は特定の公職の候補者の推薦・支持・反対を目的として行う直接・間接の一切の行為をいい、選挙活動も当然これに含まれる」という。たとえば、「一定の政治社会体制を採用することについて支持したり反対したりするような体制選択的活動、国又は地方公共団体の具体的な施策を支持したり反対したりするような政策選択的活動、選挙に際し公職の候補者の推薦・支持・反対をするような活動がその適例である」ともいう[9]

こうして、「在日党」の党員は、晴れて右にいう政治活動を行なうことが容認されることになった。これは、同党の大発見ともいえる。しかし、同法は、前述のとおり、外国人からの寄附の受領を禁止している。これでは、在日外国人は「政治団体」を結成できても、その運営に当たって、みずからの「党員又は会費」および日本人からの寄附のみにたよらざるをえず、活動に支障が生じることになる。それというのも、同法にこの禁止規定が採用されたのも「我が国の政治や選挙が外国の勢力によって影響を受けることを未然に防止しよう」[10]とする意図を立法者がもっていたからである。

おそらく、立法時(一九四八年)の状況にかんがみれば、外国人のみによる政治団体を想定していなかったものと思われる。同法に国籍条項がないのは「法制度上の不備」であっても[11]、いまや「在日党」は合法的に存在しており、いわんや、その他の政党への加入もまた、外国人本人および当該政党の自主的判断にかかわる問題だといえよう。

四、おわりに―残された課題

(一) 政治活動と退去強制

一九九二年、「在日党」が政治資金規正法上の「政治団体」として容認されたことは、日本における外国人の政治活動の自由の保障にとって画期的な事件とみることができよう。同政治団体こそ、選挙運動を含め、その体制選択的活動や政策選択的活動といわれる政治活動をもっぱら行なうことを目的とするものであるからである。

九一年の入管法の改正は、前述のとおり「特別永住権者」に対する退去強制事由を、内乱、外患の罪、国交、外交上の利益にかかる罪およびこれに準ずる重大な犯罪に限定したものの、運用面はともかくも、法制度としては、なおも過酷な規定を存続させた。

しかし、「在日党」の発見によれば、この「特別永住権者」は、選挙運動をしてもなんらお咎めなく「規制解除」となったのである。しかもその他の永住者や在留者は、法制度上依然として、よりきびしい規制の対象であるにもかかわらず、理論的にはともかく、選挙運動を理由に「退去強制」を執行することは、「均衡上」も「事実上不可能」となったのである。これもまた、画期的な「発見」だといえよう。その選挙運動が在留期間中の「好ましくない活動」と認定された場合、あるいは選挙運動以外の政治活動についても更新許否等の行政処分に及ぶか否かは、ことが運用面にわたる問題であるだけにいまのところ不明であるとはいえ、質的転換とみるべきであろう。

とまれ、前述のマクリーン事件における「最高裁制約基準」は、この「在日党」の新発見によって、そのリーディング・ケースとしての基準性を失なったものといえよう。

(二) 政治活動の「制約」

外国人の政治活動における「制約」はどのへんに求められねばならないのであろうか。芦部信喜東京大学名誉教授は、近著において、「外国人の政治活動の自由は、日本国民の政治的意思ないし政治的意見の形成に対する直接かつ著しく不当な妨害ないし干渉を排除するのに必要な最小限度の制約を課されても、止むをえないと解」している[12]。現在のところ、もっともよく整理された「最小限度制約論」ではある。しかし、同教授もまた、地方選挙権には理解を示すものの、なおも国政レヴェルでの参政権については伝統的立場を維持するところに、その「制約」もまた相対的となり、必ずしも最小限度でなくなってしまう。すなわち、「『国民主権』(ないし民主化された立憲君主制)の憲法の下では、選挙ないし『自国の公務に携わる』政治的権利の主体が、その性質上、当該国家の『国民』に限定されるのは当然のこと」とするのである[13]

(三) 参政権の保障

日本の選挙法制は、選挙権・被選挙権とも外国人に対しては、たしかに否定している(公選法第九・一〇・二一条、地方自治法第一一・一二・一三・一八・一九条参照)。しかしながら、選挙法制は参政権を否定しているものの、地方選挙権については、ひろく理解が示されてきているように(最近の司法判断では、九四年一〇月五日・福井地方裁判所の判決を参照)、いまやこの参政権を抽象的にとらえず、制約されるべき限界を具体的に検証しておかねばならないのである。主題に即していえば、選挙を通して政権をめざす政党の党員の政党活動の活動範囲を見極めるうえでも、参政権保障自体の具体化が必要である。ある論者によれば、「政党が議会や行政府などの国家機関から離れて行う活動は、主権の行使といったことにならないから、議会外での活動にのみかかわるかたちで政党に参加することは可能である」であると説く[14]。これでさえも、外国人の政党活動を議会外での活動に限定するところに、それが参政権の行使と抵触しないことを求めている。これもまた、政党の「最大目標は選挙」であり、しかも「民主主義の原理から、政党内における党員の地位、権限が本質的に平等でなければならないことが要請される」ことからすれば[15]、抽象的に参政権を規定し、そこから外国人を排除することは合理的であるとはいえないであろう。

要するに、求められるべきは、外国人に対する参政権保障のタブーを打破することにより、合理的政党活動の範囲、内容、限界を明確にすることであろう。 


  • [1]岡沢憲芙『政党』(東京大学出版会、一九八八年)一六頁以下を参照
  • [2]さしあたり、岡崎「外国人の地方参政権」公法研究第五六号(一九九四年)一〇五頁以下を参照
  • [3]『朝日新聞』一九九四年三月九日付参照
  • [4]黒木忠正『外事法』(ぎょうせい、一九八八年)八四頁を参照
  • [5]在日朝鮮人の人権を守る会編『在日朝鮮人の基本的人権』(二月社、一九七七年)六五頁以下を参照
  • [6]黒木忠正・前掲書、三〇頁。
  • [7]在日朝鮮人の人権を守る会・前掲書、一六一頁参照
  • [8]さしあたり、岡崎「定住外国人と地方参政権―戦略的人権擁護運動に即して」徐龍達先生還暦記念委員会『アジア市民と韓朝鮮人』(日本評論社、一九九三年)六七二頁以下を参照
  • [9]李英和『在日韓国・朝鮮人と参政権』(明石書店、一九九三年)三九頁以下を参照
  • [10]山本武『詳解政治資金規正法』(ぎょうせい、一九七五年)九四頁以下を参照
  • [11]前掲書、二九五頁
  • [12]前掲『在日韓国・朝鮮人と参政権』六一頁
  • [13]芦部信喜『憲法学Ⅱ人権総論』(有斐閣、一九九四年)一五二頁
  • [14]前掲書、一三二頁。
  • [15]藤本富一「外国人の政党活動―試論」佐藤功先生喜寿記念『現代憲法の理論と現実』(青林書院、一九九三年)一二四頁
  • [16]阿部照哉「政党」『岩波講座基本法学2 団体』(岩波書店、一九八三年)一五五頁以下を参照

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