論文・主張- Opinions -
岡崎 勝彦 さん
速やかに是正されるべき違憲状態
- <プロフィール>
- 岡崎 勝彦さん:
- 愛知学院大法科大学院教授、主な編著書に『現代行政法入門』(法律文化社)
- 『外国人の公務員就任権』(地方自治総合研究所)など。
一、地方参政権(選挙権・被選挙権)訴訟と「在日」
地方参政権というのは、当該住民団体(自治体)を構成する者の資格において、当団体の管理・運営に参加する権利、すなわち、自らの住民生活にかかわる案件の決定及び執行に責任を持つことである。このような住民自治制度は、本来、住民個々人による「直接民主制」が望ましいものの、生活の多様化の中でやむを得ず代表による運営、「代表民主制」が取り入れられてきた。そこから代表を選び(選挙権)、代表となる権利(被選挙権)が一体(参政権)として、当該住民に対して保障されるべきことをもって(治者と被治者の同一性)、憲法第八章地方自治の保障にいう「地方自治の本旨」の基本的内容とされるべきものなのである。 ところが、問題とすべきは第一に、現行の地方選挙法制は、それを「日本国民」にのみ限定してきており、その在留実態による外国人類型を全く斟酌することなく、旅行、商用等の一時的滞在を含め外国人一般に対して、国・地方を問わず「参政権」行使を法律上認めていないという事実、第二に、永住者であってしかもその在留原因を戦前の日本による植民地支配をその直接の原因とする本件原告ら在日韓国・朝鮮人に対して戦後五〇年以上に渡り今日に至るまで、地方参政の権利を一度として保障してこなかったという事実である。
以上の現実を踏まえて、本件訴訟が追求する課題は、(1)自治体の首長・議員等に関する参政権の確認と、(2)そのための立法措置が講じられていないことに対する立法上の不作為による違憲及び賠償請求の訴を提起することによって、生活者たる外国人地域住民の基本的人権を確保することにある。
そして、本件原告団が「在日」のみによって構成されていることの意義は、これら「在日」の人々が定住外国人一般の生活利益を最も代表しているという側面からだけでなく、これら「在日」にとって日本政府の戦前における植民地支配政策と戦後における種々の不当な差別処遇政策に対する責任と救済とを明らかにすること、すなわち、日本の「戦争責任」を明らかにし、それを通じて各生活場面での不当な差別の克服のための戦略的手段としての「地方参政権」獲得という意義もまた確認しておかなければならない。
二、立法上の不作為 ―争点―
「在日」は、わが国の定住外国人のうちでも、その永住資格取得者の九割を占めており、その法的地位をめぐる今日に至るまでの戦後の事情は、北東アジアにおける東西冷戦の「落とし子」として、「反共」法下での米国にならった指紋押捺制度の導入等による情報管理にみられるように、「追放もしくは同化」というまことに厳しい状況にさらされ続けてきたものといえる。
(1)終戦直後の一九四五年一二月、衆院選挙法の改正に際し、内閣法制局は、当初の内務省原案に予定されていた旧植民地出身である「在日」等への参政権保障規定を削除し、それに替え付則の中に「戸籍法の適用を受けざるものの選挙権及び被選挙権は当分の内これを停止す」という「戸籍条項」をば「天皇制廃絶」(清瀬一郎文書)への危惧をその政治的理由として導入することにより、それまで「帝国臣民」(日本国籍保有者)として内地に在住する植民地出身者がもっていた当時の参政権を停止した。
(2)四六年の憲法制定過程にあって、国籍による差別禁止条項をはじめ、参政権を含め外国人の平等保障規定がマッカーサー草案には存在していたにもかかわらず、ここでも法制官僚によるみごとな「ねばり腰」が功を奏し、現行憲法には外国人の明示的人権保障規定が削除され、結果として「憲法典の沈黙」が生じることになった。
(3)五二年四月、一片の民事局長通達により、平和条約(「サ」条約)発効後の国籍決定について、本人達の意思を確認することなく、やはり先の戸籍法の適用を基準に専ら実務的に日本国籍を一方的に喪失せしめた。それがまた今日までも続く戸籍条項・国籍条項による各種援護法による戦後保障から「在日」等を排除する根拠になってきたのである。
(4)近時、ほころびが出はじめてきたとはいえ、五三年三月には公務員に関する制約基準として「当然の法理」なるものを発明し、以来外国人一般から公務員一般への任用を原則的に認めないという行政解釈を押しつけてきた。
以上のとおり、本件の場合、旧植民地出身者に対する「戸籍条項」の導入による参政権の停止とそれ以降の「国籍条項」の導入による地方参政権を含む政治的・社会的権利の侵害と差別実態は、戦後五〇年以上にも及ぶ戦争責任・戦後責任の未処理という「立法上の不作為」によってもたらされたものである。
それを認定するうえで過去の判例が求める要件とは、すなわち
- (1)立法をなすべき内容が明白であること、
- (2)事前救済の必要性が顕著であること、
- (3)他に救済手段が存在しないこと、
以上の各要件に本件が該当することは一見して明らかな事例である。そして違憲状態の「相当の期間」の経過についても、前述のとおり四五年の衆院選挙法の改正公布から五三年も経緯しているという事実は、戦後五〇年を経た今日余りにも長期に立法不作為の期間が経過しており、それぞれにあるいは全体として「相当の期間」の経過といえることもまた明らかである。
三、世界人権宣言採択五〇年と本件訴訟
人権の拠り所としての裁判所の存在理由は「代表民主制の仕組みでは救えない少数者の利益を保護する機関」にある。そうであるならば、なおさらのことこれら「在日」の人々は、戦前・戦中、そして戦後の日本で居住・出生し日本社会と運命をともにする人々であるにもかかわらず、彼ら「在日」は、現行選挙法制下にあって、選挙というそもそもが代表民主制の制度それ自体のもとで、立法を行う自らの代表者を国会に送り出すことができない人々、すなわち、代表民主制の埒外(らちがい)におかれている人々なのであるから、裁判所がこれら「在日」の地方参政権保障に関して、なおも国会における「立法政策」に委ねその立法裁量を容認し続けるならば、裁判所による少数者の人権保障の職責を放棄するものといえよう。
五〇年前の四八年一二月、国連総会は、「すべての人間は、生まれながらにして自由であり、かつ尊厳と権利とについて平等である」という世界人権宣言を発した。この間、「在日」にとっての最大のテーマは差別の撤廃であった。そこにおいて守ろうとしたのは人間の尊厳であり、求め続けたのは平等であった。生活者としての地域住民である「在日」への地方参政権保障こそ、人権の中核とされる人間の尊厳と平等の追求のための戦略的保障手段なのである。
裁判所の公正なる判断を要望する。
